アラフォー過ぎても人生楽しみたい  本・子育て・人間関係

アラフォー司書です。書評中心に思うところを綴ります。キラキラしてません。

2025年12月1日~12月3日のできごと【日記】

12月1日(月)

ボヤボヤしているうちに12月に突入した。
別に毎日サボって過ごしているわけではないしむしろあくせく頑張っている。
でもなんだか時間が過ぎていくことに焦りを感じる。
たぶん、目の前にぶら下がっているやっつけ仕事は必死に片付けているけど、長いスパンで取り組みたいと内心思っている事柄にはちゃんと取り組めていないんだと思う。
取り組めていないから何も進展がなく焦りを感じるんだと思う。
私が長いスパンで取り組みたいと思っている事柄はとりあえず以下のことだ。

・住んでいる家の断捨離
・たるみ出した身体の引き締め
・資産運用
・私服の見直し&アップデート
・ピアノ演奏でペダルを使えるようになりたい
・人生後半戦の目標を立てる

特に1項目目の「家の断捨離」は体力も筋力もある40代のうちにバリバリ進めておきたいところだ。
が、同居の母が障壁として立ちはだかっているし、嫁いだ姉妹たちの荷物も大量に残置されている。
自分本位で進めることができない。
焦れる。
これはいずれ時が来るのを待つしかないか。
2項目目以降はよく見たらワクワクする内容ばかり。
運動はもともと好きだしその結果引き締まったら嬉しい、資産運用も希望を感じる、おしゃれも楽しい、ピアノの演奏技術が向上したら嬉しい、将来の見通しを立てると安心できる。
なんだ、焦る必要はないか、と感じる。
自分の現在地点もそんなに悪いものではないか、とも思う。

 

 

12月2日(火)

小学校高学年の我が子。
私の母親は子供の成長の過程で大事な話を何もしない人だったので、母親を反面教師とし、私は子供との言葉によるコミュニケーションを大切にしている。
だから子供とは十分分かり合えていると思っていた。
でも最近子供が明かした胸の内にびっくりしてしまった。
それは数年前のこと、子供が寝た後に私が隣室でパソコン作業などをしていた時、実は子供は目を覚ましていて「お母さん私に秘密で何かしてる」とぬいぐるみを抱きしめ泣いて耐えていたという。
そんなの「お母さん私起きてるよ!!」って声かけてくれたらいいいじゃん、と言いたいところだが甘えたい気持ちと母親の邪魔をしてはいけない気持ちが混ざり合い、結局耐えてしまったそうだ。
私としては子供が寝たからちょっと作業を…という気軽な気持ちだったが、子供からすれば母親の普段とは違う一面に大いに不安を掻き立てられたらしい。
つくづく子供にとって母親って大きな存在なんだと思う。
ほんとに責任重大だ。
これまで何度か”このぬいぐるみで涙を拭ったことがある”と私にいわゆる”匂わせ発言”をしており、ああずっと心に引っかかっていて詳しい顛末を明かしたかったんだなと思う。
大人からすればそんな些細なこと、と思える出来事でも大切に心の内に抱えていたのがいじらしい。
でもよく考えれば”子供にとっては”とか”大人にとっては”とか、そんな線引きは存在しないのかもしれない。
子供だってびっくりするほど深く考えているし、大人になっても嫌になるほど些細なことで傷付くし。
だから改めて、子供の考えや言葉にしっかり耳を傾けようと思った。

 

 

12月3日(水)

自宅の固定電話の調子が悪い。

悪いというかすでに壊れて不通になっている。

とはいっても各自携帯電話を持っているので外部との連絡手段はある。

だから数週間黙殺してきた。(日常生活をこなすだけで手一杯だし)

今日の夕方、母親が「友達がいらないってくれた」と中古の電話機をもらってきた。

買わなくて済むなんてありがたい!!

と言いつつ私は夕食作りに取り掛かる前の貴重な15分間をピアノの練習に充てようとピアノの前に座る。

ピアノは私の精神安定剤だ。

そんな私のすぐ近くで母親がもらってきた電話機をなんとか接続しようと苦戦し、

「これでいいのかな」「あれ」「この線つないだけど」などなど大きな声量でしゃべっている。

「それ後で見るから…」と声を掛けると「ああ独り言やし気にせんといて!!」と半ばキレ気味に返される。

一気に心が鉛のように重くなる。

たった15分間でいい、15分間だけは自陣にこもっていたかったんだけど。

ま、私の勝手だけどさ。

気持ちを立て直して予定通り15分間だけ練習し、その後電話機を見てみた。

どうやら受信はできるけど発信ができない。

やっぱり新しい電話機を買うしかないか。

 

 

 

書評『橘の家』続き

こんにちは。
前回からの続きで『橘の家』です。
妊娠を巡る女性の苦悩がなまなましく描かれた作品です。

ではさっそく見どころを見ていきましょう!!

 


アラフォー的見どころ②男性って、もしかして女が怖いの??

 

本作の注目すべき点は、妊娠を望む女性に対する男性側の気持ちや立場が描かれている点です。
どんなふうに描かれているかざっくり言うと、”男性から見たら産む女性は畏怖の対象”といったところでしょうか。

一番印象的な男性登場人物は、守口家の長男である豊です。
母の秋江と妹の恵実が橘の木を守る過程でどんどん評判が広まり、妊娠を望む女性たちが家に押し寄せます。
その女性たちが発する圧や漏れ聞こえてくる性行為のノウハウに耐え切れずに、豊は実家から距離を置くことになります。
そりゃあ思春期に家がそんな状況だなんて頭がおかしくなりそうですよね。
特に性に関してはきわめてプライベートことなので、周囲に引っ掻き回されることなくゆっくり理解を深めていきたいところです。
ちなみに秋江の夫・伸一も次第に家から足が遠のき、女を作って出て行ってしまいました。
なんか皮肉だなと思います。

 

男性はセックスすれば子供ができると理解しています。
でもセックスと妊娠は直結しておらず、二者の間には確率や女性と男性の年齢やセックスのタイミングや身体上の問題などが横たわっているわけです。
当の女性は身をもって理解しています。
だから人間のコントロールが効かない分野を橘の木にすがるわけですが…。
この熱量が男性の目には怖く映るようなのです。
「セックス⇒妊娠」という流れに対する解像度が男性と女性では月とスッポンほど違いがありそうです。

 

あまたの女性の妊娠に尽力してきた恵実。
皮肉にも彼女は男運がないまま年を重ね、46歳の現在ヒモのクズ男と同棲し必死に妊活します。
ヒモのクズ男=塚地くんは本当にやることなすこと全部クズなんですが、恵実からは「種馬」扱いされてそれも気の毒です。

 

女性は産む機械ではないし、もちろん男性だって精子を提供する機械じゃありません。
ああ、生殖って難しいですね。
両性がよくよく話し合って合意を形成していくしかないのですが…。

 

 

アラフォー的見どころ③国よ、マジでしっかり性教育してください

 

いま、10年に一度の改定に向けて議論が進んでいる学習指導要領。
現行の学習指導要領にはいわゆる「歯止め規定」と呼ばれるものがあります。
それは、
「人の受精に至る過程は取り扱わない」(小5理科)
「妊娠の経過は取り扱わない」(中1保健体育)
というものです。
この規定が学校現場で「性交、避妊、性的同意について触れてはいけない」と誤認される原因になるとして、規定の削除を求める署名が文部科学省に提出されました。
かの尾木ママさんも賛同されています。

 

このニュースをネットで読み、めっちゃタイムリーだな!と思いました。

 

『橘の家』に話を戻すと、繰り返し描かれる女性たちの苦悩は夫や義両親をはじめとする周囲の無知が原因なんです。
妊娠の可否の全責任を女性に押し付けるなんて非科学的ですよね。
男性にも不妊症があるし、精子も加齢により老化するし、精子が性別を決定するため男女産み分けの責任を女性に求めるのは間違い。
このような事実を知らないガヤが子孫繁栄の名のもとに女性を追い詰めるなんて胸糞悪くて吐きそうです。

 

意味不明な思い込みで未来ある女性を苦しめないためにはどうすればいいのか?
性教育しかないでしょう。
国が責任持って学校で妊娠出産について取り扱ってください。
現場の先生で難しければぜひ産婦人科医や助産師などのプロを招いて質の高い授業をしてください。
10代の出産がハイリスクであること、妊娠にはタイムリミットがあること、新生児の世話が過労死レベルであることなど、必要な知識も伝授してください。

 

現在、性教育は各家庭に任せられている状況です。
私は子供が被害者にも加害者にもならないために、本などを用いて様々なことを伝えています。
でも子供の話を聞いていると、すでに成人向けコンテンツを自由に視聴している男子児童もいて自慢げに吹聴しているとのこと。
怖すぎます。
家庭任せじゃダメだと思います。


『橘の家』を通して妊娠にまつわる女性の苦悩を見てきました。
ふと、この物語、性教育のお粗末な国でしか成立しないんだろうなと感じました。

では、今回はこのへんで!

 

 

書評『橘の家』~妊娠にまつわる女性の苦悩~

こんにちは!

晩秋らしく日中も冷えるようになりましたね~。
勤務先は中学校の図書館なので「火気厳禁!!」でストーブが使えずエアコンの暖房だけで仕事しています。
いや~足元が冷えて辛いです。
そんな感じでアラフォーの私は辛いのですが、中学生女子は平気でスカートに素足…。
「ちょっと、子宮冷やしたらイカンよ!!」とおせっかいしたくなりますがしません(笑)。

 

女性だけが一生付き合うことになる子宮という臓器。
妊娠して胎児を育む重要な臓器ですね。
今回は「産む性としての女性」の姿になまなましく迫った作品をご紹介します。

 

中西智佐乃さん著『橘の家』です。
今年の三島由紀夫賞を受賞し話題になりましたね!

ではさっそく見ていきましょう♪

 

 


作者・中西智佐乃さんってどんな人?

 

1985年大阪府生まれ。
同志社大学文学部卒業後、働きながら創作を続けます。
2019年、「尾を喰う蛇」で第51回新潮新人賞を受賞してデビュー。
2023年、『狭間の者たちへ』が刊行される。
2025年、「橘の家」で第38回三島由紀夫賞受賞。

 


ざっくりと『橘の家』ってどんな話?

 

1970年代に橘の木がある土地に一軒家を建てた守口家。
妊娠を願う女性に子を授ける力がある橘の木を、母の秋江と娘の恵実が二代にわたって守り続けます。
恵実は橘の木の力を女性の体に伝える能力を持っており、次第に女性たちからあがめられ宗教の様相を呈してきます。
それと並行して守口家は内側から徐々に崩壊していき…。
古くから妊娠の可否の責務を負わされ続けてきた女性たちの苦悩、男性側の無知と当事者意識のなさなどがなまなましく描かれていきます。
物語全体を覆う、得体の知れない橘の木の存在感がホラーです。

 


アラフォー的見どころ①なんで妊娠⇒出産⇒子育ての全責務を女性が負わされるのか??

 

物語が始まる1970年代から物語終盤の2020年代まで、時代が変わっても妊娠を望む(望まされる)女性たちの苦悩が繰り返し描かれます。
橘の木と恵実を頼ってくる女性たちが語る苦悩はみ~んな同じ。


「結婚から何年たっても妊娠できない」

「子を宿せない自分が悪い」

「妊娠できないなら結婚した意味がないと義母に言われた」

などなど、女性だけが当事者意識に苦しみ夫や義両親は心無い圧力を加えるのみです。


なんなんでしょう、この構図?
なんで女性だけが周囲からやいやい言われても黙って耐え忍ばないといけないんでしょう?
子供は男女が作るものなのに、なんで妊娠⇒出産⇒子育てが女性主体の事業になってしまうんでしょう?
やっぱりそこには古くから社会の実権を握る男性側の都合があるんですよね。
人口は国の活力なので産む性である女性には”出産&子育てマシーン”として機能してもらうのが一番ありがたいんだと思います。
女性は女性で、実際に母性が備わっていたり赤ちゃんの可愛さに触れたりして次第に自発的に子供を欲しがるようになる。
周囲からの圧力と自らの母性がごちゃごちゃになり、結局全ての責任を女性がしょい込む、という構図になっているのではないでしょうか?

 

作中では「子孫繁栄」というキーワードが繰り返し出てきます。
子孫繁栄…。
人間にとってこれ以上明るく正しいスローガンはないのではないでしょうか?
でもこのスローガンの陰で苦悩し物理的な痛みに耐えてきたのは女性。
そして輝かしい子孫繁栄の表舞台に立つのは決まって男性。

 

「私が宿らせへんのが悪い」
こんなふうに吐露する農家の主婦が出てきますが、夫や義両親は女性に神通力でも使えと言うのでしょうか?

「三十代の頃までは産めと言われ、四十代になるともういいと言われる」
すさまじい言葉の暴力と人格無視に呆然としてしまいます。
女は機械ではない。

 

私は幸い、誰からも圧力を掛けられることなく良いタイミングで子を持つことができました。
ただただラッキーだったと思っています。
でも現代においてさえ周囲から妊娠への圧力を掛けられている女性は無数にいると思います。
そんな女性は圧力に黙って耐えなくていいし、怒っていいと思います。


なんか怒りをにじませたまんまになってしまいましたが、今回はこのへんで。
次回、『橘の家』を通してもっと妊娠にまつわるあれこれを掘り下げていきたいと思います。

 

2025年11月13日~11月14日のできごと【日記】

11月13日(木)

最近お酒が体に合わなくなってきたと感じる。

以前から晩酌が好きで、夏はビールかチューハイ、それ以外の季節は日本酒をちびちびやりながら夕食を作っている。

飲酒は毎日ではなく週に2日程度だった。

それが最近じゃあきらかにアルコールの分解速度が遅くなったと感じる。

飲んでいるときは気分がいいのだが飲み終わって数時間経つと気分がいいどころかなんだかちょっと具合が悪い感じになる。

30代の頃はアルコール度数の高い氷結なんかが好きだったんだけど。

年を重ねるごとに体って変わるものだなとつくづく感じる。

ここは体の声に素直に従ってお酒はしばらく控えておこうと決めた。

 

 

11月14日(金)

最近体臭が気になる。

平日は勤務先から子供の迎えに急行しているが、「ただいま」と車に乗り込んだ子供が「なんか玉ねぎのニオイがする」と言うのだ。

玉ねぎのニオイ・・・?

それって十中八九、加齢臭だよね?

毎日ではない。

自分ではほぼ自覚がないところが怖い。

でもたまに頭部からか上着からかわからないがモワッとこもった香りが立ち上ることがある。

コレか。

体形の変化は静かに受け入れる気持ちでいるが、加齢臭はイヤだ。

なんでなんだろう。

なぜかニオイって羞恥心と直結している気がする。

とりあえずいい香りのするボディスプレーを車内に常備して気分転換を兼ねてシュッとしている。

この季節だとハンドクリームでも対策ができる気がする。

 

書評『うそコンシェルジュ』続き

こんにちは。
前回から引き続き『うそコンシェルジュ』です。

主人公・岩崎と先輩社員・中山が日々のストレスにどう対処していくか、という内容の短編です。
ではさっそく見どころを探っていきましょう!

※いつもは表紙の写真を掲載していますが写真を撮る前にうっかり本を返却してしまったので今回はありません…。

 


アラフォー的見どころ②バレないならモノに当たったっていいじゃないか

 

仕事と親に対するストレスを抱える先輩社員の中山。
炎上芸能人<C>のスキャンダル情報を漁ってなんとか気持ちのバランスを取っています。
それでも気持ちが収まりきらないとき、彼女がやるのはなんと”母親が大量に貯め込んだ皿をバッキバキに割ること”!!。
なんと実家から皿数枚を持ち出して職場の駐輪場で割るんです(笑)。

シュール過ぎてめちゃくちゃ笑いました(笑)。

中山の母親は独り暮らしの家の食器棚(×2)と引き出しと戸棚にパンッパンに皿を貯め込んでいます。
そしてそれを指摘されると怒るんです。

これもめっちゃくちゃわかります。

私は75歳の母親と同居してますが、中山の母親と全く同じで一生使わない食器を大量に貯め込んでます。
廃棄を匂わせようものなら仏頂面になります。
皿だけじゃなくて、定期購読の雑誌やら薬袋やらレシートやらチラシやら空のペットボトルやら瓶やら数十年前の古下着やら古靴下やらを、大量に貯め込んでます!
そればかりか、使用済ティッシュやら使用済マスクやら使用済ばんそうこうやら使用済ラップやら使用済湿布やらを使用が済んだ時点でその場に数日間放置します!!
指摘するとやっぱり怒ります!!!
ゼェゼェゼェ…。
ああ考えると怒りで呼吸が荒くなる…。

年を重ねると物事の判断がおっくうになるし、後片付けもできなくなるんだろうとは思います。

相手が変わってくれる希望がない分、怒りのやり場がありません。

だから自分の精神衛生のために、相手にバレないならモノに当たっていいじゃないかと思います。
皿を割る中山を目撃した主人公の岩崎は、
 ”あの人、なんだか良さげなことをしていないか。”
と感じます。
めっちゃ実感こもったいい感想だなと思いました。

世間にはモノを貯め込む高齢者に寄り添う言説がたくさんあります。
でも津村さんは、親世代にメンタル削がれている人に寄り添ってくれて私は救われました。

津村さんの作品って、ストレスが掛かった心を除圧してくれるなと思いました。

 

 

アラフォー的見どころ③自分が割を食っている人間関係、どうする?

 

岩崎の悩みは、友人の麻奈美が人としてどうかという内容についてしつこく同意を求めてくること。
高校以来の友人であり、自分が仕事で辛い時期に支えてもらったという恩もあり、岩崎は悩んでいます。
でも一方で「こいつならいくらでも話を聞く」と馬鹿にされているとも感じています。

これもめちゃくちゃわかります。

その人との関係を維持すべき理由は複数あるんですが、一方で自分がないがしろにされている事例も複数ある状況ですね。
自分がないがしろにされたことを「気のせい」として何事もなかったかのように振舞うか。
それとも自分に正直になってその人と距離を取るか。

子供が昔から仲良くしている子がいまして。
その子の母親がちょっと…私には耐えられない人物で最近距離を取ることにしました。

彼女、子供の預け先に困ったときは遠慮なく頼ってくるんですが、利用が終わると別人みたいに疎遠になります。
連絡しても返事がない、約束も守らない、二枚舌を使う、などなど…。
自分がぞんざいに扱われているのがわかります。
でもそれを彼女は全くなんとも思ってないのです。

子供同士は仲がいいのでその関係に配慮して彼女の振る舞いを直視しないようにしてきました。
でもあることをきっかけに距離を取ろうと最近心に決めました。

子供同士が付き合いたいなら付き合えばいい。
でもその母親とはもう友人のような距離感では付き合いません。

岩崎の友人・真奈美もその母親も、我慢ならない人って周囲のことが見えていないし彼ら彼女らに変化を期待すると失望するだけです。
私はその母親と付き合うのをあきらめてかなり気持ちが楽になりました。

 


まとめ

 

津村さんの作品、初めて読みましたが「痛快!!」という言葉がピッタリでした。
津村さんは世の中の大半を占める、真面目で良心のある人の立場に立っています。
そしてそんな属性から少しはずれた、配慮がなかったり自分勝手だったりする人たちの姿を容赦なく描写してくれます。
それが痛快なんです。
自分のメンタル不調を自覚したらまた津村作品を読まねば。

 

書評『うそコンシェルジュ』

こんにちは。
11月に入っても日中けっこう暖かいですね。
先日入った商業施設内が暑すぎて、こりゃかなわん、とトイレで急いでカットソーを脱ぎました。
外は風吹いたら寒いし、屋内は暑いし。
もう何を着ていいのかわかりません。

 

さてさて、最近日記ばっかり書いてて久々の書評ですが、津村記久子さんの『うそコンシェルジュ』にしました。
2024年刊行の短編集です。
芥川賞作家の津村さん、元気が出るお仕事小説で有名ですね!
ではさっそく見どころを見ていきましょう!

 

津村記久子さんってどんな人?

 

1978年大阪市生まれ。
京都の大谷大学文学部卒業後、就職氷河期の中、印刷会社に就職します。
その会社で上司から苛烈なパワハラを受けて10カ月で退職します。
転職後の2005年、「マンイーター」(単行本で『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で第21回太宰治賞を受賞し、小説家デビュー。
2009年『ポトスライムの舟』で第140回芥川賞受賞。
ほかにも織田作之助賞、川端康成文学賞、芸術選奨新人賞、紫式部文学賞、谷崎潤一郎賞などなど山のような受賞歴です。
パワハラ被害や兼業作家の経験からか、職場を舞台にした作品が多くあります。

 

『うそコンシェルジュ』ってどんな話?

 

いずれも女性が主人公の11編の短編集です。
主人公のほぼ全員が社会人ですが、一人だけ小学生が主人公の短編もあります。
どの作品も、現代日本に暮らす普通の人の普通の日常を描いています。
日常生活の人間関係の中で生じるアンバランスさ、そのアンバランスさに対する主人公の心の動きが丁寧に描かれます。
「職場」「学校」「家庭」といった自分が属している社会。
どんな社会でも属し続けるのはけっこうしんどいもの。
(もちろん脱退するという選択肢もありますが!)
心の中に生じる気持ちの波をなんとか飼いならしながらなんとか社会の中で生活する主人公たち。
読むと「私も一緒だわ」と感じて、ちょっと心がゆるみます。

 

 

アラフォー的見どころ①クズを見てホッとする気持ち、めっちゃわかる…

 

「第三の悪癖」という作品が一番刺さりました。

主人公の会社員岩崎は友人関係で悩んでいて、気分をまぎらわせるためにスマホ内のアバターをいじめています。
他部署の先輩社員中山(女性)もまた仕事や親のことでストレスを抱えていて、彼女の場合ちょっと独特の対処をしています。
それは四股不倫で炎上中の芸能人<C>のスキャンダルを徹底的に調べること。

中山いわく、
 ”こいつすげえクズだなって思ってたら、自分のことをゴミみたいだって思う時間が減るから”
とのこと。

わ~か~る~!!
その気持ち、わかります!!

子供が保育園児の頃、日常がしんどかったんですよ。
思うように働けなくて収入は不安定だったし、子供は遊びたいさかりで夕方遅くやっと連れ帰っても同居の母は我関せずで家事が地獄の忙しさだったし。
そんな時、子供が寝たら夜な夜な取りつかれたようにめちゃコミックでマンガ読んでました。
読むのは決まってネグレクトもの。
ひどい内容ばっかり。
楽しくもなんともないのに読まずにはいられませんでしたね。
まさに中山と同じで、「クズ」を見てまだ下には下がいると安心して、頑張っている自分を肯定したかったんです。
倫理上どうなんだと今では思いますが。

作中の炎上芸能人<C>のように、現実の世界でも炎上案件は多数ありますね。
きっと中山のように「クズ」を見てホッとしたい人が日本中にいっぱいいるんだろうなと思います。
でもいくら「クズ」でも日本中から袋叩きにされるなんてたまったもんじゃないですね。

そこで津村さんが示す善後策がすっごくいいんですよ。

 

次回それを詳しく見ていきたいと思います!

 

2025年11月8日~11月9日のできごと【日記】

11月8日(土)

自分では全く自覚はないが、最近子供から「お母さんお腹がたるんできた」「お尻がたるんできた」と指摘されることが増えた。
主に入浴時。
臀部に至っては「右のほうがたるんでいる」とより細かい指摘をされる。
大学時代の発達心理学の講義で「老化も発達である」と習って以来、老化現象に対してフラットな気持ちでいる。
(改めて大学で見聞きしたことは人生にプラスにジワジワ効いてくるなと感じる。)
だから子供の指摘に腹も立たず、そうか、と聞いている。
むしろ自分では気付かないことを教えてくれてありがとうと思っている。
でも日によっては気持ちに余裕がない時に身体のたるみについて指摘されるとなんだかイラッとする。
我が子は目ざといのですぐ私の苛立ちに気付いて「なんで」と質問してくる。
正直に「基本的にはありがたいけど、時にはイラッとすることもある」と打ち明ける。
「なんだ、気分次第じゃん」と不服そうだが、本当にそうなんだから仕方がない。
一応就寝前に短時間だけ筋トレを始めたが、効果があるんだかないんだか。
つまり私はまだ「たるみたくない」「体型崩したくない」という願望があるようだ。
Mrs. GREEN APPLEの三人だけじゃなく、私も今後更年期に向かって新しいフェーズに入っていく。
自分の変化が楽しみな反面、やっぱり不安もある。
あ、更年期のホルモンバランスって思春期以来の大変化を起こすんだっけ?

 

11月9日(日)

なぜか月に3度は子供に「お母さん何歳?」と聞かれる。
当然「43歳」と正直に答える。
いいかげん覚えてくれ。
答えたついでに、日本における女性の年齢に対する妙な扱いについて説明する。
日本では一般的に女性は若ければ若いほど良いという価値観が根強いこと、一般的に女性に年齢を尋ねることは失礼だとされていること。
子供は「ふーん、変だね」と感想を述べるが、後者は一般的なマナーであると理解してくれている。
性別に関わらず、人は年齢とともに経験値が上がり魅力が増していくものだと思う。
だから自分では43歳という今の年齢に誇りを持っている。
イタリア在住経験のある作家の光野桃さんが描いていたが、イタリアやフランスでは40女なんかまだまだ小娘で、50代以降こそ憧れのかっこいい女として大切にされるそうだ。
じゃ、なんで日本では女は年齢隠すのがマナーなんだよ。
それは日本の男性は若い女が好きで、その好みから外れた女はかわいそうだから年齢を尋ねない配慮をしてあげましょうということなんだろう。
は?
なんで男性の好みに合わせて世のマナーが形成されるんだ。
しかもこのマナーを守らないと絶対的に無礼者扱いされるし、当の女性も条件反射的に「失礼ね!」と1㎜の疑問もなく思うから問題は根深い。
この日本における女性の年齢に対する妙な扱いはこの先も世代を超えて脈々と受け継がれていくだろう。
でも私個人は子供に対して身をもって示したい。
若い頃より今がラクに生きられているし、年を重ねることはいいことだと。
年齢に関係なく挑戦したいことに挑戦すればいいと。