アラフォー過ぎても人生楽しみたい  本・子育て・人間関係

アラフォー司書です。書評中心に思うところを綴ります。キラキラしてません。

書評『橘の家』~妊娠にまつわる女性の苦悩~

こんにちは!

晩秋らしく日中も冷えるようになりましたね~。
勤務先は中学校の図書館なので「火気厳禁!!」でストーブが使えずエアコンの暖房だけで仕事しています。
いや~足元が冷えて辛いです。
そんな感じでアラフォーの私は辛いのですが、中学生女子は平気でスカートに素足…。
「ちょっと、子宮冷やしたらイカンよ!!」とおせっかいしたくなりますがしません(笑)。

 

女性だけが一生付き合うことになる子宮という臓器。
妊娠して胎児を育む重要な臓器ですね。
今回は「産む性としての女性」の姿になまなましく迫った作品をご紹介します。

 

中西智佐乃さん著『橘の家』です。
今年の三島由紀夫賞を受賞し話題になりましたね!

ではさっそく見ていきましょう♪

 

 


作者・中西智佐乃さんってどんな人?

 

1985年大阪府生まれ。
同志社大学文学部卒業後、働きながら創作を続けます。
2019年、「尾を喰う蛇」で第51回新潮新人賞を受賞してデビュー。
2023年、『狭間の者たちへ』が刊行される。
2025年、「橘の家」で第38回三島由紀夫賞受賞。

 


ざっくりと『橘の家』ってどんな話?

 

1970年代に橘の木がある土地に一軒家を建てた守口家。
妊娠を願う女性に子を授ける力がある橘の木を、母の秋江と娘の恵実が二代にわたって守り続けます。
恵実は橘の木の力を女性の体に伝える能力を持っており、次第に女性たちからあがめられ宗教の様相を呈してきます。
それと並行して守口家は内側から徐々に崩壊していき…。
古くから妊娠の可否の責務を負わされ続けてきた女性たちの苦悩、男性側の無知と当事者意識のなさなどがなまなましく描かれていきます。
物語全体を覆う、得体の知れない橘の木の存在感がホラーです。

 


アラフォー的見どころ①なんで妊娠⇒出産⇒子育ての全責務を女性が負わされるのか??

 

物語が始まる1970年代から物語終盤の2020年代まで、時代が変わっても妊娠を望む(望まされる)女性たちの苦悩が繰り返し描かれます。
橘の木と恵実を頼ってくる女性たちが語る苦悩はみ~んな同じ。


「結婚から何年たっても妊娠できない」

「子を宿せない自分が悪い」

「妊娠できないなら結婚した意味がないと義母に言われた」

などなど、女性だけが当事者意識に苦しみ夫や義両親は心無い圧力を加えるのみです。


なんなんでしょう、この構図?
なんで女性だけが周囲からやいやい言われても黙って耐え忍ばないといけないんでしょう?
子供は男女が作るものなのに、なんで妊娠⇒出産⇒子育てが女性主体の事業になってしまうんでしょう?
やっぱりそこには古くから社会の実権を握る男性側の都合があるんですよね。
人口は国の活力なので産む性である女性には”出産&子育てマシーン”として機能してもらうのが一番ありがたいんだと思います。
女性は女性で、実際に母性が備わっていたり赤ちゃんの可愛さに触れたりして次第に自発的に子供を欲しがるようになる。
周囲からの圧力と自らの母性がごちゃごちゃになり、結局全ての責任を女性がしょい込む、という構図になっているのではないでしょうか?

 

作中では「子孫繁栄」というキーワードが繰り返し出てきます。
子孫繁栄…。
人間にとってこれ以上明るく正しいスローガンはないのではないでしょうか?
でもこのスローガンの陰で苦悩し物理的な痛みに耐えてきたのは女性。
そして輝かしい子孫繁栄の表舞台に立つのは決まって男性。

 

「私が宿らせへんのが悪い」
こんなふうに吐露する農家の主婦が出てきますが、夫や義両親は女性に神通力でも使えと言うのでしょうか?

「三十代の頃までは産めと言われ、四十代になるともういいと言われる」
すさまじい言葉の暴力と人格無視に呆然としてしまいます。
女は機械ではない。

 

私は幸い、誰からも圧力を掛けられることなく良いタイミングで子を持つことができました。
ただただラッキーだったと思っています。
でも現代においてさえ周囲から妊娠への圧力を掛けられている女性は無数にいると思います。
そんな女性は圧力に黙って耐えなくていいし、怒っていいと思います。


なんか怒りをにじませたまんまになってしまいましたが、今回はこのへんで。
次回、『橘の家』を通してもっと妊娠にまつわるあれこれを掘り下げていきたいと思います。