アラフォー過ぎても人生楽しみたい  本・子育て・人間関係

アラフォー司書です。書評中心に思うところを綴ります。キラキラしてません。

書評『ふたりの窓の外』続き

こんにちは。

前回から引き続き『ふたりの窓の外』です。

ではさっそく見どころを見ていきましょう!

 

 

アラフォー的見どころ②恋愛って相性なんだなぁ~


ヒロインの紗奈は浮気者の婚約者に突然事故死されるというなんとも幸薄い女性です。
生前、浮気を謝罪した婚約者に対して、怒らず泣かず冷静に対応する紗奈。
そんな紗奈のことを婚約者は陰で「あんな冷たい女」となじっていたようです(どの口が言うんだよ)。

でも庄吾はまったく違う見方をします。
静かで反応が薄い紗奈のふるまいに見え隠れする細かな点や小さな変化を発見して楽しんでいるんです。

ほんとうに恋愛って相性なんだなぁと感じました。

9歳年上という年の差も庄吾が余裕を持てた理由だろうと思います。
紗奈のような魅力がわかりにくい女性にはある程度年上が合うのかもしれません。
同年代の男性だと時間をかけて紗奈を理解しようとする余裕が持てないかもしれませんね。

あとすごく面白いと思った点が2つあります。

1つ目は、最初紗奈のガードがかなり固かった点。
ほとんど素性のわからない男性と一泊旅行をするわけだから警戒心が強くなるのは当然ですが。
庄吾の目には保護犬をイメージさせるほどの鉄壁のガードだったんです。
それが時間が経つにつれ紗奈の心の壁が薄くなっていきます。
庄吾にとってはじょじょに相手を攻略していく楽しさもあったのでは?とニヤリとしてしまいます。

2つ目は、紗奈が事務的な連絡以外の日常のやりとりを一切しなかった点。
普段は俳優兼アルバイトとして仲間とワイワイ騒がしくやっている庄吾にとってそれはありがたかったと思います。
「おはよう」「おやすみ」「いま誰とどこで何やってるの」「今度いつ会えるの」なんてちょこちょこ連絡してきたらウンザリでしょう。
そんなドライな紗奈だったから関係を継続させることができたのだと思います。

 

 

アラフォー的見どころ③恋愛の醍醐味が味わえます!!

 

全然タイプの違う男女二人がじょじょに距離を詰めて行く過程にドキドキできる本作。
まさしく恋愛の醍醐味を味わうことができます!!

庄吾は警戒心丸出しの紗奈を安心させるためにヘタに絡まず、移動中も宿の部屋でも持参した文庫本に没頭します。
そんな庄吾に影響されて紗奈は旅が終わり日常に戻った後、庄吾の読んでいた本を自分も読んでみたりします。
相手の真似をするって相手のこと知りたい気持ちの表れですよね。
素直で可愛いなあ~。

庄吾は庄吾で、芸名で賑やかに生活する日常とは打って変わって、本名で紗奈と会うことで、何か静かで地に足の着いた感覚を取り戻します。
静謐な雰囲気のある紗奈に影響されるんですね。

気になる人と一緒にいると普段とは全く違う自分が顔を出すことってありますよね。
そんな新鮮さを味わうのも恋愛の醍醐味かなと感じました。

あと、紗奈も庄吾も不思議なくらい相手と自分に対して誠実なんですよね。
世間一般で言われるような恋愛のテクニックは蚊帳の外です。
相手をよく観察しています。
つまりすごく相性がいいということになるんでしょうけど、落ち着いた大人の恋愛にホッとします。

 

 

まとめ

 

久々の恋愛小説でしたが、”男性側がイケメン”というときめきポイントを押さえつつもすごく抑制の効いたストーリーでアラフォーの私も安心して楽しめました!
恋愛に安らぎを求める、大人向けの恋愛小説でしょう。

現在絶賛子育て中なので恋愛をする余裕なんてゼロですが、とりあえず子供の大学合格を見届けたら私も恋愛してもいいかなと考えています。
え~っとそのころ私は52歳か。
果たしてその時恋愛をする気力が残っているかどうか…怪しいところです(笑)。
加齢による心の変化は個人差が大きいと思うから予測がつきません。
まあ健康に気を付けて趣味のピアノにワクワクしながら取り組んでいたら楽しい50代を迎えられるかな。
恋愛はオマケって感じですかね。

では今回はこのへんで。
どなたさまも良いお年をお迎えください!!

 

 

書評『ふたりの窓の外』~大人女子に刺さる恋愛小説~

こんにちは。
年末に近づいて来ましたねえ。
年末はイベントごとが多くてせわしないけどやっぱり心が浮き立ちます。

 

さて、これが今年ご紹介する最後の本になると思います。
今回は趣向を変えて恋愛小説を読んでみました。
恋愛は明確に私の苦手分野だし、アラフォーシングルマザーが恋愛を語るのはかなり抵抗があったのでこれまで避けてきました。でも仕事で選書するなかで「おっこれは読みたい!!」とピンときた本に出会ったんです。

 

それは深沢仁さんの『ふたりの窓の外』です。

それではさっそくあらすじを簡単にご紹介します!

 

 


『ふたりの窓の外』ってどんな話?


火葬場の喫煙所で偶然出会い数十分会話した二人の男女。
男性は鳴宮庄吾(37歳)、女性は藤間紗奈(28歳)。
紗奈は浮気したまま事故死した婚約者ともうすぐ旅行に行くはずでした。
ひょんなことからその旅行に同行することになった庄吾。
春の一泊旅行にはじまり、夏、秋、冬と四度しか会わなかった二人の一年を、交互に視点を変えて描きます。
さて、二人の関係はどう変化していくのでしょうか?

 


深沢仁さんってどんな人?


作者の深沢仁さん、実は以前に図書館だよりで本を紹介するにあたり短編を一読したことがあります。
『この夏のこともどうせ忘れる』っていう短編集なんですが、ラノベっぽいのに特異な心理が描かれていて印象に残っていました。
だからこの本に出会って「おお!あの深沢さんか!」と思いました。
名前からして男性(雰囲気イケメンの)だと思い込んでましたが女性です。

2010年、詩集『狼少女は羊を逃がす』を自費出版してデビュー。
2011年、『R.I.P.天使は鏡と弾丸を抱く』で第2回「このライトノベルがすごい!」大賞優秀賞を受賞。
2020年、『この夏のこともどうせ忘れる』で第12回高校生が選ぶ天竜文学賞を受賞。
ほかに『眠れない夜にみる夢は』や『英国幻視の少年たち』シリーズが人気です。

 


アラフォー的見どころ①頑張らなきゃならん現代女性にはたまらん展開


さてさてさっそく見どころを探っていきたいと思います!

私もそうなんですが、ヒロインの紗奈はまったく男性ウケするタイプではありません。
笑顔が少なく、冷静で、男性に頼ったりおごられたりするという発想がなく、外見も素朴です。
男性にとって自分の存在意義を感じさせてくれない女性なんて、可愛くないし面白くないでしょうね。
紗奈自身も自分は男性から見たらつまらない女性であると自覚しています。

一方の庄吾は一応俳優(売れてないけど)なのでルックス良しで高身長。
英語はネイティブ並み、頭の回転が速く、優しく、コミュニケーション能力も高く、実家は資産家。
めっちゃハイスペック男子ですね~。

なんの接点もなかった二人が同じ時間を過ごすうちに影響を受け合い少しずつ変わっていきます。
もちろん結末は言えないのですが大切に時を重ねていく二人の様子にドキドキとニヤニヤが止まりません。

庄吾は紗奈の性質に新鮮さや面白みを感じて惹かれていくわけなんですが、現実世界でハイスペック男子が地味でまじめな女性に惹かれるか!?とツッコミそうになりますが…。
そこは絶対あり得ないなんて言いきれませんもんね!
男性ウケをまったく狙わない素朴な女性が、無理せず自分らしくふるまい続けた結果、素敵な結末が待っている。
これは「私なんて~」とコンプレックスを持っている女性に非常に夢を見させてくれる展開だと思います。

私は女性なので女性視点で語りますが、現代の女性は働くことも出産も子育ても親の介護も求められ、非常にしんどいけど周囲に頼りにくい状況にあると思います。
感情を抑えて冷静でいることを強いられる場面も多いでしょう(そんなの男性も女性も一緒か)。
私は多かれ少なかれそんな日常を送っていますがそんな私から見て、紗奈が理解され幸せになっていく過程が嬉しかったですね。
感情移入しやすいヒロインが幸せになることで自分も癒されるという理屈です。

Mr.Childrenの名曲『つよがり』にぐっとくる方はきっとこの作品にも同じくぐ~っとくると思います!


では今回はこのへんで。

 

2025年12月14日~12月15日のできごと【日記】

12月14日(日)

 

子供に乞われて猫カフェに行った。
初めての猫カフェ
我が子は大の猫好きである。
自宅でも猫を一匹飼って寵愛している。


さて初めての猫カフェだが、入り口の扉は二重になっていて、外側は手動である。
そうか、猫ちゃんの脱走防止!
入ってみると猫が10匹以上くつろいでいて、なんとフェレットも数匹いるではないか。
子供は意外にもフェレットに心酔したようで抱っこしてナデナデしてご満悦。
さすがの人馴れっぷりでおとなしく抱っこされてくれる。
いい仕事してるなあ、フェレット
注文すればおやつをあげることもできる。
子供もおやつやりに挑戦!
おやつの入った器を見つけた猫とフェレットが群がってきた。
どなた様も食う気マンマン。
健気におやつを舐めるフェレットの頭を前足で押さえつけておやつを奪おうとする強気の猫もいて笑ってしまった。
滞在時間は30分間と短かったが子供も私もずっと笑顔で本当に楽しかった。
さてお会計だが、基本料金+ワンドリンク+おやつ代で、有名テーマパークの入場料ほどの値段なり(汗)。
動物を飼育するのは本当にお金がかかるんだろうな、とやけに納得した。
「また行きた~い」と言う子供に「いや~そうおいそれと行けるとこじゃないよ」と正直に言っておいた。

 

 

12月15日(月)

 

今日から子供の通う小学校も私の勤務する中学校も短縮授業が始まる。
いや~年末だなあ。
なんか年末ってリセットの香りが漂うため普段より気分が開放的になる。
「もうすぐとりあえずゴール!」みたいな。
担任との二者面談も今週行われる。
聞きたいことはいくつかあるがこちらの都合で会話をブツリと切れないため、全クリアできないまま毎回時間切れになる。
子供は基本的に担任の先生を信頼しているので私も特に心配していることはない。
ただクラスの数人の児童が学童で宿題の答えを見せ合いっこしている事実は担任の先生に伝えるべきか否か。
しかも学童指導員が答えの見せ合いっこを奨励しているというから呆れて物も言えない。
宿題は担任の先生のお手製プリントである。
先生が児童を思って作ったプリントなのに…と義憤に駆られてしまう。
いや、でも結局はよそのご家庭のことなので余計な口出しは控えようと考え直す。
よそのご家庭への介入は厳禁である。
今はハリボテで何とかなっていても数年先の学力のことはわからない。
我が子にはズルしないで何事も自分の頭で考える力を徹底して身に付けてほしい。

 

 

2025年12月5日~12月9日のできごと【日記】

12月5日(金)

またやってしまった。
昨日の夕方のこと。
木曜はいつも帰宅が遅くなり夕食の準備が慌ただしい。
昨日も時間に追われながら夕食を作っていた。
あらかた調理が終わりさあ盛り付けと配膳を、という段階でなぜか心身のスイッチがオフになり目の前のことが何もかも嫌になった。
これから10分以内に盛り付けと配膳と母親と子供が一面散らかしたテーブルの片付け支援をしなければならない、と思うと気が遠くなったのだ。
「ああもう疲れた、しんどい」と思わず口に出したら母親は立ち上がりなぜかキッチン内をうろうろし出し、子供は味噌汁をよそう手伝いを始めた。
声明を出すと手伝ってはくれる。
私はタイムリミットがある状況で複数の家事を片付けるのがしんどい。
仕事なら俄然やる気がでるのに。
我が家=リラックスできるはずの場所のはずなのに単純にそうはいかない。
我が家という場所は私にとって明らかに仕事の場であるし、休息を取る場でもある。
自分の様々な欲求にフタをして子育てを最優先する場でもある。
最近、子育てを終えるであろう50代という年代に羨望の気持ちを抱いている。
そんな不満めいたこと言っていても実際は大切な我が子との毎日は幸せいっぱいである。
どっちつかずで振り子のようにフラフラ揺れながらだましだましやっていくしかない。

冒頭の”またやってしまった”とはまた子供の前で疲れただのしんどいだの口にしてしまったということ。
親の愚痴を聞かされるなんて子供にとって楽しいものではない。
ああ、もっと夕食を手抜きしよう。
肉と野菜をぶっこんだお好み焼きだけでもいいじゃん。
少しでも楽して機嫌よく食べられたらいいじゃん。

 

12月9日(火)

そろそろクリスマスプレゼントが気になる時期だ。
子供は今もサンタを信じてくれていて毎年この時期が近くなると「サンタさんはどうやって家に入るんだろう」とつぶやく。
先日いつもの疑問プラス「ね?お母さん?」と初めて疑いのまなざしを向けられて、何か学校で入れ知恵でもされたんだろうかと肝が冷えた。
とにもかくにも今年もプレゼントを用意する。
子供のリクエストは「アンがマシュウにプレゼントしてもらった袖が膨らんだ服」。
Eテレで放映されていた『アン・シャーリー』を見て以来すっかりアンのファンになった子供。
でもクラシカルな袖が膨らんだワンピースなんて実際着ないと思うので、パフスリーブのカットソーを用意した。
それと裏ボアのスノーブーツ。
3月末に春まだ浅い東北を旅する予定なのでその時に履けるように。
クリスマスの朝、枕元にプレゼントを見つけた時の子供の顔が楽しみだ。
プレゼントを開ける瞬間を動画に撮らないと。
うふふ、うふふ…。

 

書評『現代生活独習ノート』続き

こんにちは。
前回に引き続き『現代生活独習ノート』です。
溢れかえる情報への対処でへろへろに疲れた現代人が登場する短編集です。

 


アラフォー的見どころ②私も毎日の食事に悩まされたくないよ~!!


情報過多のせいでへろへろになってしまった主人公その②


「粗食インスタグラム」の主人公「私」も会社員。
業界・業種は不明ですが常に判断を求められる仕事に疲れています。
なのでプライベートで判断をする余力はなく、職場でのランチは毎日インスタント酸辣春雨とコンビニサラダです。
夕食を決める気力もなくなんと2時間もスーパーをさまよってしまうほど疲弊しています。

だいぶ危険ですね、「私」。

そんな「私」がひょんなことから自分のひどい夕食をインスタに投稿し始めます。
平坦な毎日の中でもちょっと気分が下がることが複数起こり、その反対に意外な人との出会いや職場の人のちょっとした親切に元気をもらったりする「私」。
かすかに明るい兆しの見えるラストが良いです!!

 

「料理大好き!!」という人なら毎日の料理は何ら苦痛ではないのかもしれませんが…。
何を隠そう私は料理が大嫌い(笑)。
だから主人公「私」の「食に煩わされる余裕はないわ」って気持ち、めっちゃわかります。
毎日の料理の何が辛いかって、①調理に制限時間がある、②ある程度栄養に留意しないといけない、③待たれている(これが一番しんどい)、の三点なんです。私の場合は。
夕食がもっと簡素な国っていっぱいありますもんね。
だから個人レベルで日本の慣習に従う必要なんて全然ないんですけどね~。

 

「カロリー摂取のためにものを食べる」ただそれだけのことなのに、食事っていろんな感情が絡んでくるなあと思います。
自分一人で適当に好きなものを食べるのが一番気楽で心安らぐ食事ではないでしょうか?
でも常にそれでは寂しいから会食だってしたくなるだろうし、家族がいたら家族の健康に留意したくなるし。

食事に煩わされるのは面倒くさいけれども、面倒くさいことに取り組む日々もまた愛おしいのかもしれません。
主人公「私」も、面倒なはずの自炊に久々に取り組み、フリーズしていた心が動き出すのを感じています。

 


アラフォー的見どころ③親から受け継がないことを自分で選択する


「台所の停戦」の主人公「私」は実家住まいのシングルマザーで小5の娘と実母と同居しています。
お、私とほぼ設定が同じ。
冷蔵庫の中を実母の不用品が占拠していることや、母と娘が台所を共用する際のぎくしゃくなどが描かれます。
家族といえども他者と生活を共にするのって想像以上にしんどいと思います。
自分の任意にできないことやコントロールが効かない部分が、じわじわと自分の首を絞めてくる気がするんですよ。

 

実母の不用品のせいでぐっちゃぐちゃの冷蔵庫の中。
「私」は娘のプリンを無意識に移動させて冷蔵庫内で行方不明にさせてしまいます。
娘にプリンの行方を聞かれてイラっとする「私」。
でもここで「私」は気付きます。
実母もモノの管理が極めて苦手で指摘されると激怒する、それを私は受け継ぐのか、と。
そして「これは受け継がない」「私で最後にしよう」と決めます。

世代間連鎖の話ですね。
この話題に共感しない人なんていないんじゃないでしょうか?
「私」の気付きがすごく聡明でいいな、と思いました。

 

私が母親から受け継がない!!と決めたもの、それは「言葉にしないで匂わせること」です。
母親は自分が口下手だと自覚できているぶん、微妙な配慮が必要な局面では口を閉ざすのが常でした。
子育てにおいては微妙な配慮が必要な局面だらけだと思うのですがね。
苦手分野に挑戦するのが怖かったんでしょう。
口頭で伝えない思いは熱心に育児日記にしたためて、数年経ってから娘に渡す、というスタイルを取っていました。
いや、数年のちに渡されてもねえ…悩んでいる我が子を横目になに一生懸命日記書いてんの、って感じです。
子供にとっては「いま」「このとき」がすごく大事で、大事なことはちゃんと言葉にして伝えないといけないと思います。
だから自分の子供には伝えたい思いをきちんと言葉にして伝えています。
「愛している」「今日も一日ありがとう」は毎日言っています。
子供は人生経験が少ない分、「匂わせ」は意味ないです。
月がきれいですね」が通じるのは大人に対してのみ。

こんなこと言ってて、きっと子供も「この部分は母から受け継がない!!」って将来考えるんだろうな~(汗)。


では今回はこのへんで。
師走の季節、どなたさまも事故なく怪我なく無事に過ごされますように。

 

 

 

書評『現代生活独習ノート』~頑張れ!!ヘロヘロの現代人☆~

こんにちは。
いよいよ冬らしく冷え込んできましたね。
空気が張り詰めて寒いです。

勤務先の中学校では、冬休み突入前に延滞図書の取り立てをせねばと督促状の作成に励んでおります。
それでも毎年回収しきれず借りパクが何件か発生するんですけどね。

 

さて以前に読んだ『うそコンシェルジュ』の津村記久子さん、私の心に気持ちよくフィットしたので今回も読んでみました。
今回読んだのは『現代生活独習ノート』です。
2021年に単行本で刊行され、今年文庫本で出ました。

 

 

津村記久子さん(*^-^*)
めちゃくちゃ好きです。
作品の主人公はだいたい真面目で冷静に現実を直視するタイプ。
そんな主人公の目を通して淡々と描かれる周囲の人や状況がたまに吹き出すほど面白いんです。
じっと観察しているとだいたいの人って何かしら可愛げやおかしみがあるものなのかも、と思えます。

では今回読んだ『現代生活独習ノート』の見どころをみていきたいと思います♪

 


『現代生活独習ノート』ってざっくりとどんな話?


全8編からなる短編集です。
イギリスが舞台の作品や近未来が舞台の作品も収録されていますが、多くは現代日本の普通の会社や普通の家庭が舞台になっています。
ネット上に氾濫する情報にさらされてへろへろに疲れた現代人を描いた作品が二編あり、格別に面白かったです。
どの作品も、どこにでもいそうな登場人物たちの生活に最後にほんのちょっとだけ光が差すラストがすごくいいです。


あと、表紙と挿絵が秀逸です!
”少し、いや相当疲れている人”が多数登場する短編集のため、描かれるどの登場人物も脱力感がすごくて、アホ毛立ってたり魂抜けてそうだったり(笑)。
イラストを見るだけで数分間は和めますので、疲れを感じている方は一見の価値あり!です。
ちなみにイラストは同じく大阪出身の人気漫画家・木下晋也さん。

 

(↑イラストこんなかんじ。)

 


アラフォー的見どころ①やっぱ人の営みや息吹に触れるとほっとします


ネットのせいでへろへろになってしまった主人公その①。

「レコーダー定置網漁」の主人公「私」は会社員。
新卒採用において学生のSNSチェックを担当しており毎日毎日膨大な量の情報にさらされ、へろへろに疲れてしまいます。
自らの危機を自覚した「私」は12日間のリフレッシュ休暇を取得します。
でも「私」曰く”リフレッシュする気力自体が残っていなかった”のです。
そこはかとなく漂うユーモアにニヤリとしてしまいますが、「私」はけっこう危険な状態なんです。
自宅から一歩も出られずカーテンを閉め切って食事もロクにしません。
ただ横になってよみがえってくる膨大な情報の記憶に苦しんでいます。

ヤバくないですか…?
「私」、一人で大丈夫なの…?

そんな「私」ですが真っ暗な部屋の中で撮り溜めておいた『刑事コロンボ傑作選』を鑑賞し始めます。
そして偶然録画されていた料理番組や旅番組などを毎日少しずつ鑑賞するなかで、やっとフリーズしていた心が動き出します…。

「私」が偶然鑑賞することになる料理番組や旅番組などですが、メンツが決まっていて、女性アナウンサーの松田さんと東本さん、料理家の加賀美先生、気象予報士の梨川さんの4人なんです。
深夜番組だからなのか、なんだか隠しきれない手作り感が溢れています。
出演者たちはカメラの前で一生懸命仕事をこなしますが、ふと私生活や本音や素の表情が垣間見えます。
そんな一期一会と言っていいくらいの人々の生活感に触れて、「私」はやっと人間らしい感情を取り戻します。
生身の人間と触れ合ったわけでもないのに不思議ですが、スクリーンを通してでも人の営みや息遣いって伝わるものなんですね!

出演者の松田さんたちはまさか自分たちがヤバい境地にいる女性一人を救い出したなんて思ってもいないでしょう。
夏目漱石曰く”とかくに人の世は住みにくい”は事実だと思いますが、一方で人の世に住んでいるからこそ人に救われる、も事実ですね!


では今回はこのへんで。
次回も引き続き『現代生活独習ノート』を見ていきたいと思います。

 

 

2025年12月1日~12月3日のできごと【日記】

12月1日(月)

ボヤボヤしているうちに12月に突入した。
別に毎日サボって過ごしているわけではないしむしろあくせく頑張っている。
でもなんだか時間が過ぎていくことに焦りを感じる。
たぶん、目の前にぶら下がっているやっつけ仕事は必死に片付けているけど、長いスパンで取り組みたいと内心思っている事柄にはちゃんと取り組めていないんだと思う。
取り組めていないから何も進展がなく焦りを感じるんだと思う。
私が長いスパンで取り組みたいと思っている事柄はとりあえず以下のことだ。

・住んでいる家の断捨離
・たるみ出した身体の引き締め
・資産運用
・私服の見直し&アップデート
・ピアノ演奏でペダルを使えるようになりたい
・人生後半戦の目標を立てる

特に1項目目の「家の断捨離」は体力も筋力もある40代のうちにバリバリ進めておきたいところだ。
が、同居の母が障壁として立ちはだかっているし、嫁いだ姉妹たちの荷物も大量に残置されている。
自分本位で進めることができない。
焦れる。
これはいずれ時が来るのを待つしかないか。
2項目目以降はよく見たらワクワクする内容ばかり。
運動はもともと好きだしその結果引き締まったら嬉しい、資産運用も希望を感じる、おしゃれも楽しい、ピアノの演奏技術が向上したら嬉しい、将来の見通しを立てると安心できる。
なんだ、焦る必要はないか、と感じる。
自分の現在地点もそんなに悪いものではないか、とも思う。

 

 

12月2日(火)

小学校高学年の我が子。
私の母親は子供の成長の過程で大事な話を何もしない人だったので、母親を反面教師とし、私は子供との言葉によるコミュニケーションを大切にしている。
だから子供とは十分分かり合えていると思っていた。
でも最近子供が明かした胸の内にびっくりしてしまった。
それは数年前のこと、子供が寝た後に私が隣室でパソコン作業などをしていた時、実は子供は目を覚ましていて「お母さん私に秘密で何かしてる」とぬいぐるみを抱きしめ泣いて耐えていたという。
そんなの「お母さん私起きてるよ!!」って声かけてくれたらいいいじゃん、と言いたいところだが甘えたい気持ちと母親の邪魔をしてはいけない気持ちが混ざり合い、結局耐えてしまったそうだ。
私としては子供が寝たからちょっと作業を…という気軽な気持ちだったが、子供からすれば母親の普段とは違う一面に大いに不安を掻き立てられたらしい。
つくづく子供にとって母親って大きな存在なんだと思う。
ほんとに責任重大だ。
これまで何度か”このぬいぐるみで涙を拭ったことがある”と私にいわゆる”匂わせ発言”をしており、ああずっと心に引っかかっていて詳しい顛末を明かしたかったんだなと思う。
大人からすればそんな些細なこと、と思える出来事でも大切に心の内に抱えていたのがいじらしい。
でもよく考えれば”子供にとっては”とか”大人にとっては”とか、そんな線引きは存在しないのかもしれない。
子供だってびっくりするほど深く考えているし、大人になっても嫌になるほど些細なことで傷付くし。
だから改めて、子供の考えや言葉にしっかり耳を傾けようと思った。

 

 

12月3日(水)

自宅の固定電話の調子が悪い。

悪いというかすでに壊れて不通になっている。

とはいっても各自携帯電話を持っているので外部との連絡手段はある。

だから数週間黙殺してきた。(日常生活をこなすだけで手一杯だし)

今日の夕方、母親が「友達がいらないってくれた」と中古の電話機をもらってきた。

買わなくて済むなんてありがたい!!

と言いつつ私は夕食作りに取り掛かる前の貴重な15分間をピアノの練習に充てようとピアノの前に座る。

ピアノは私の精神安定剤だ。

そんな私のすぐ近くで母親がもらってきた電話機をなんとか接続しようと苦戦し、

「これでいいのかな」「あれ」「この線つないだけど」などなど大きな声量でしゃべっている。

「それ後で見るから…」と声を掛けると「ああ独り言やし気にせんといて!!」と半ばキレ気味に返される。

一気に心が鉛のように重くなる。

たった15分間でいい、15分間だけは自陣にこもっていたかったんだけど。

ま、私の勝手だけどさ。

気持ちを立て直して予定通り15分間だけ練習し、その後電話機を見てみた。

どうやら受信はできるけど発信ができない。

やっぱり新しい電話機を買うしかないか。