アラフォー過ぎても人生楽しみたい  本・子育て・人間関係

アラフォー司書です。書評中心に思うところを綴ります。キラキラしてません。

「くるまの娘」続き

こんにちは。

前回に引き続き「くるまの娘」です。

 

父方の祖母の葬儀を終えた後も、かんこたち一家の車での旅は続きます。
車内という密室は、一家のどんな姿をあぶりだすのか…。
ああ、ドキドキ…。

 

父も母も「家族」に救いを求める

 

前回でも触れましたが、かんこの父は母親に愛されず絶望を抱えて生きてきました。
親には頼れないので子供時代から死ぬ気で勉強し、人並みの生活を手に入れました。


でも心の傷は癒されず、心の不安定さの向かう先はもちろん家族です。
父はかんこに発作的に暴行を加えたり、母、兄、弟に冷酷な言葉を浴びせたりします。
かと思えば急に心を開いて過去のトラウマを語ったり現在の心境を語ったりします。

 

父は家族に自分を丸ごと受け入れてほしかったんですね。
そんな重すぎることを求められる家族、特に子供はたまったもんじゃないと思いますけど!

 

かんこの父が私の父にそっくりです。
家族というものに過剰に期待して求めるところも、暴言暴力を行使するところも、
子の成績にやたらこだわるところも…。
急に本音を吐露したり弱みを見せたりトラウマ語りを始めるところも。

 

かんこの父も私の父も、実家の家族に傷つけられたからこそ、自分の家族に救いを求めるという点が全く同じなんですよね。

 

かんこの母はかんこの母で、まがりなりにも幸せだった昔の思い出にすがって生きているようなところがあり、過去の幸せを再現しようとして異様な行動を取ったりします。

 

かんこの母も、なんか私の母に似てるんです。
いつまでも少女っぽさが残っているところとか。
子はどんどん成長していくのに(というか私すでにアラフォーなのに)、子への対応の仕方がアップデートされずかなり過去のまま止まっているところとか。

 

これは偶然…?
いや、きっと宇佐美さんが考えた「不健全な父母」の最大公約数的なキャラが、かんこの父母だっていうことだと思います。
見事、私にはヒットしました。


それでも逃げずに「家族」でいるということ

 

かんこは父から暴力を受けています。
一般的な感覚でいくと、もうその時点で外部に助けを求めるべきだと思いますよね。
でもかんこも母もそうしないんです。
かんこは、自分ひとりだけが救われるんじゃなく、救われるなら家族全員でと願います。
一緒にいても地獄、でも一人だけ離脱しても地獄なんでしょうか。

 

ものすごく衝撃を受けた表現があります。
家族間で激しい衝突が起こり、親が子を残酷にも傷つけたあとのことです。
家族がそれぞれの殻に閉じこもったあと、自然ともとのさやに戻ってしまうのです。
宇佐美さんはそれを「溶けてしまう」と表現しています。
暴言も、暴力も、悪意も、溶けてなくなり、なかったことになるのです。
そして衝突が起こる前の関係性に戻るのです。

 

この現象、過去に頻繁に我が家でも起こっていました。
衝突を起こすのは父、溶かしてなかったことにするのは母でした。
家族というものを継続していくためには溶かすしかなかったんでしょうね。
でも傷つけられた側はどうすればいいんでしょう。
子供だった私にはどうすることもできませんでした。
でも今ならはっきり言えます。
「溶かすな!」「なかったことにするな!」「目を逸らすな!」と。

 

物語を通して、かんこは家族から逃げません。
最後に、かんこの父に更なる辛い出来事が起こります。
でも地獄は地獄のままですが、かすかな希望が描かれ物語は終わります。
私には、その希望は宇佐美さんが腹の底から絞り出したもののように思われ、胸を突かれました。

 

「家族」ってなんなんでしょうね。
散々な経験をしたはずなのにまた帰ってきてしまう。
実際、私は実家に帰ってきて母と一緒に住んでいます。
これは動物としての帰巣本能でしょうか?
息苦しい時もあるけれどぬるくてあたたかいものを感じる。
それは血のようなものかもしれません。
もちろん世の中には、家族との縁を切るという選択肢もあり人それぞれ正解は違います。

 

私にとっては、家族について考えるのは重くてしんどい作業です。
でも頑張ってやってみたら新たな発見もありました。
これからも休憩しながらちょっとずつ…。

さて、次回は重くないテーマの本を選ぼうかなと思います。