前回からの続きです。
佐野洋子さんの、お母様との激しい確執を綴ったエッセイ「シズコさん」。
どんな内容なの?
執筆当時の洋子さんは68歳、乳がんの進行により余命宣告を受けていたそうです。
老人ホームに入居しているシズコさんの認知症が少しずつ進んで行く様子と、
洋子さん自身と家族の歴史を振り返る、この二つの軸で話が進んでいきます。
作中、「母を愛していない」「母への憎しみ」「母に興味がない」というような言葉が何度も出てきます。
洋子さん、4歳の頃にシズコさんと手をつなごうとしたところ舌打ちされて手を振り払われたそうです…。
さらに9歳頃には日常的に激しいせっかんを受けていました。
シズコさんに関する驚きのエピソードは次から次へと出てきます。
怒りの導火線が短くて情の薄い、いくつになっても女でいたい人だったのかな、という印象を受けました。
確かに肉親として深くかかわるにはめちゃくちゃしんどそうな人です。
家族の歴史がこれまた強烈です。
お父様が満鉄勤務だった関係で北京で生まれ、終戦までかの国で暮らしています。
終戦後の大混乱の中、一家で日本に引き揚げ。親戚の家に身を寄せます。
その間に二人の弟と兄を亡くしています。
田舎暮らしの間はシズコさんが洋子さんを毎日せっかん。
夫婦げんかも毎晩のことだったそう。
お父様は生き残った一人息子をかなりいじめたといいます。
洋子さん19歳の時にお父様が亡くなり、未成年の子四人を抱えたシズコさんは公務員となり猛烈に働きます。
困難な時代に、大人たちは感情むき出しでがむしゃらに生きていたのではないかと感じました。
本当にいろいろ感じました…
何度も出てくる「母を愛していない」という言葉。
家族愛が賛美される日本ではなかなか口にできない言葉です。
でもそれを読むたびに私は勇気付けられました。
洋子さんの言葉がきっぱりしていて力強いから。
母を愛していないと認めていい、自分に非があるわけではない、そう思えました。
洋子さんの妹さんは、年取ったシズコさんをそれはそれは大切にします。
でもそれは妹さんのこれまでの経験上できるということであって、できない洋子さんに非があるわけではないのです。
同じ家庭で育ったとしても子供の扱われ方には差があります。
親が年老いた時、その差が表面化してきょうだい間でいろいろなモヤモヤが発生するんだろうなと思いました。
あとすごく強く感じたのは、時代背景が人の人生に与える影響の大きさですね。
現代の日本って政府が掲げる「こどもまんなか」が示す通り、子供一人一人を大切にするじゃないですか。
私もそれを当然の価値観だと受け入れて、我が子との対話を大切にし一人の人間として尊重しています。
でも私が育った昭和後期から平成にかけては、まだ家族中心の価値観だったと思います。
子供個人を大切にするよりも家族を維持するほうがずーっと重要だったんです。
私の抱える苦しさの原因はそこだとはっきりわかります。
そして洋子さんが子供だった昭和初期は戦争という国家事業が何より大切だったんですね。
もし価値観が全く違う時代に洋子さんとシズコさんが生きていたら…。
きっと二人の関係も全く違ったものになっていたと思います。
さて、深い溝のある洋子さんとシズコさんですが、最後に和解することができます。
最晩年に呆けて何もわからなくなったシズコさんに、やっと「ありがとう」と「ごめんね」が言えたんです。
この時洋子さんは乳がんによる余命宣告を受けいていたとのこと。
洋子さん、長年の重い荷が降りて本当に良かった。
ああ、つくづく、女にとって母親って最重要人物なんだと思いました。
私はまだアラフォー。まだまだ先がある。まだこの先、母への感情が変わる可能性が十分ある。
洋子さんみたいに和解できる可能性がある。
そんな希望を持ってもいいかも、そう思える本でした。
