アラフォー過ぎても人生楽しみたい  本・子育て・人間関係

アラフォー司書です。書評中心に思うところを綴ります。キラキラしてません。

「原稿零枚日記」ースカンピンでも私たちの人生は続いていくー

 

こんにちは。
3月に入りましたね。
近付く年度末。
働いている方も、子育て中の方も、リタイア後の方も、一年の区切りとなる年度末は何かと気ぜわしいものですね。
かくいう私も、勤務先の学校の卒業式&修了式が近づいているので延滞図書の取り立てにソワソワしています。

 

さて、今回ご紹介する本は小川洋子さんの「原稿零枚日記」です。
小川洋子さん。
大大大好きな作家さんです。
長編小説も短編小説も、静謐で小さきものを慈しむ作風が心に沁みます。
時に生々しい描写も独特でクセになってしまいます。
私にとっては唯一無二の作家さんです。
好きすぎて冷静に語れるかどうか自信がありません(笑)。
ここでは「原稿零枚日記」を下敷きにしながら、小川さんの作品の魅力を探っていきます。

ではまずは小川洋子さんについてもう少し詳しくご紹介し、作品に触れていきたいと思います。

 

★作者ご紹介

1962年岡山県生まれ。88年に「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞しデビューされています。
その後「妊娠カレンダー」で芥川賞を受賞。大ヒットした「博士の愛した数式」で本屋大賞受賞。
その他、泉鏡花賞谷崎潤一郎賞などを受賞されています。
芥川賞の選考委員を務めていらっしゃいます。

 

★「原稿零枚日記」ってどんな作品?あらすじは?

主人公は女性作家の「私」。目下、長編小説を執筆中だけどなかなか筆が進みません。
そんな「私」ですが「九月のある日(金) 長編小説の取材のため宇宙線研究所を見学し…」といったように日常の出来事を詳細に日記に記しています。
その日記で構成されたのがこの作品です。

小川さん自身と主人公を自然と重ねてしまいますが…。

「私」は年齢不詳ですが、高齢と思われる母親が長期入院中なので40代以上と推測できます。
未婚で独り暮らしらしい「私」の日常生活は地味で淡々としています。
でも一見地味な日常生活は、なんともいえない奇妙で不思議な世界と隣り合わせで…。
一例を挙げますと、苔料理専門店での食事、保護者ではないのに小学校の運動会に忍び込む、保護者ではないのに子泣き相撲に忍び込む…などなど。

ごく地味でまじめに生活しているつもりの「私」が、なぜかちょっと訳ありな人々を引き寄せてしばしの交流を持ったりします。

本書にははっきりとしたわかりやすいストーリー展開はありません。
「小川ワールド」ともいうべき少し奇妙で心地よい世界に浸ることが醍醐味の作品です。

 

★見どころ!

最初に「小川洋子さん大好き!」と宣言しましたが、なぜ自分が小川さんの作品に惹かれるのかじっくり考えてみると、その作品の魅力が見えてくる気がします。
「原稿零枚日記」の「私」もそうですが、小川さんの作品の登場人物ってけっこう控えめで寡黙なタイプが多いように思います。
なんか自分に似てるんですよね。私も集団の中では控えめだし、注目されるのは苦手、人前で話すのも苦手、華やかに社交できない、自分と波長の合う一握りの友人といるとホッとする…。
でもこういうタイプって色んな場面で割りを食うといいますか、存在に気付いてもらえなかったり、時にはおざなりに扱われることも。
「私」も作中でデパートの靴売り場に寄るも、店員さんにガン無視されています。
そんな登場人物たちに自分の姿を投影しながら読むから、心に響くんだと思います。

でもだからこそ、波長の合う相手との個々の交流は格別です。
「私」が、入院中の友人や一期一会の人々とひとときの心のこもったやり取りをする場面は本当に尊いです。
静謐で映画のワンシーンのような場面がいくつもあります。
平凡な日々の中にいくつそんな場面を持つことができるか、で人生の質は変わってくると思います。
小川さんの作品を読んでいると、自信満々じゃなくても、交友関係が華やかでなくても、自分が把握できる範囲のことを大切にしていればいいじゃない、と思えてきます。
当たり前と言えば当たり前のことですけどね…。
取るに足りない自分でも肯定してよいとOKを出してもらえたみたいでホッとするんです。

「原稿零枚日記」の主人公「私」は社会の隙間にいる人だと思います。
どの集団にも属していません。
同居家族がいない(母はいますが入院中)、会社勤めをしていない、子どもがいないから学校にもPTAにも属さない。基本的にソロ活動です。
人間社会って本当に様々な集団や組織で構成されていますよね。
私の場合、三世代同居しており、勤務先があり、ママ友がいて、子供の学校、子供の習い事…などなど。
複数の集団に属していて、それが私の生活を形作りときには私に何かを強制してくることもあります。
でもどの集団にも属さないとなると、身軽で気楽ではあっても孤独だろうなと思います。
作中には「私」をはじめそんな孤独をまとった人々が多く登場します。
子供がいないのに保護者を装って小学校の運動会に忍び込む人、
親族ではないのに病院の新生児室で赤ちゃんに見入る人…などなど。
きっと人間の営みのにぎやかさの中にひとときでも身を置きたいんだと思います。
ここに人間の切ない願いが透けて見える気がします。
結婚して家族を持ちたかった人、望んだけど子供を産めなかった人、家族と死別した人、叶わなかった願いが世界には溢れています。


私は幸せなことに一人娘に恵まれとても幸せに子育てできています。
でもこれは単に偶然の巡り合わせであって、子供を持たない人生も十分あり得たと思います。
「原稿零枚日記」には、母親になれなかったことへの未練が描かれる場面がいくつかあります。
昭和以前とは違い、現在は子供を持つことに対して多様な価値観があります。
それでも、産む産まないは女にとって感情を揺さぶる大きなトピックスであることに
変わりはないと感じました。

 

主人公「私」の年齢ははっきり示されていません。

舞台となっている時代もいつなのかはっきりわかりません。

「原稿零枚日記」に限らず、小川さんの作品はこういった場合が多いです。

もっといえば舞台が日本かどうかも定かではない作品もあります。

時代も国も超えた普遍的な雰囲気があります。

だからこそ幅広い年齢の人が自分の姿を投影させて、「ここには私のことが書かれている」と感じるんだと思いました。