アラフォー過ぎても人生楽しみたい  本・子育て・人間関係

アラフォー司書です。書評中心に思うところを綴ります。キラキラしてません。

「エリザベスの友達」ー人生の終焉を暖かく見つめるー

こんにちは。
私、40代に突入し数年が経ちます。
司書の仕事は楽しい、小学生の娘は可愛い、自分自身はまだまだ女らしくいたい。
「昨日よりは今日、今日よりは明日」と希望を持って生きています。
でも一方で30代には考えなかった「老い」や「老後」に考えが及ぶことも…。
人生半分来たかなと感じます。
そして自分のこの心境の変化に驚いています。
70代半ばの母親の老いが確実に一歩進んだことも気になります。
まだ実態がわからない「老い」。でも身近に感じる「老い」。
そんな時に、数年前に購入して本棚に眠らせていたこの本を手に取ってみました。

 

 

★ざっくりどんな話なの?主人公はどんな人?


主人公は御年97歳の女性、初音さん。
介護付き有料老人ホーム『ひかりの里』に入所している認知症のお年寄りです。
近隣に住む長女の満州美と次女の千里が通ってきてはかいがいしくお世話しています。
でもご本人はすでに長女の顔を忘れてしまっています…。


そんな初音さんの心に去来するのは、20歳の頃過ごした天津租界でのきらびやかな日々。
夫に隷属することなく女性たちが自由を謳歌していた日々です。
物語の中では、初音さんをはじめ何人ものお年寄りの最晩年の姿が描かれます。

 

★作者について


作者は村田喜代子さん。1945年、福岡県北九州市生まれです。
1987年には「鍋の中」で芥川賞を受賞されています。
その他、川端康成賞、谷崎潤一郎賞など受賞歴多数です。
私の中学時代の国語の教科書に短編「耳の塔」が掲載されていました。
(「耳の塔」は「真夜中の自転車」という短編集に収録)
「エリザベスの友達」は村田さんが73歳の時の作品です。
失礼ながら70歳を超えての創作への情熱と、息の長い活動に感動しました。

 

★見どころ!!


主人公は97歳の初音さんではありますが、現実の世界では終日ベッドか車いす上で過ごし、夢うつつをさまよっています。
なので物語の中で動き回るのは、回想の中の20歳の初音さん、初音さんの娘たち、施設の職員たち、入所者のお年寄りたちなんです。
彼ら彼女らが動き回る同じ空間で、初音さんの心は20歳の天津租界にいます。
一緒に過ごしていても違う世界に生きているんですね。


娘の満州美と千里はあっちの世界に行ってしまう初音さんをこっちの世界に引き戻そうと努力しますが、認知症はじょじょに進行していきます。
そんなお年寄りの姿に対して、
「もう齢をとった人間は今まで永くこの世で働いた恩典で、いつの時代のどこにでも、好きな所にいていいのだと思えてくる。」
と語られます。


う~ん、なるほど。
認知機能が失われて現実がわからなくなることをこんなふうに言い換えることができるんですね。
夢うつつの中で、一番幸せだった時代に戻ったり、死別した大切な相手と再会したり。


私は認知症になりたくないと願っています。娘のことがわからなくなるのは嫌だから。
でもこの本を読んで確実に認知症に対するイメージが変わりました。
コーラスグループの慰問コンサートで昔の懐メロを聴いたお年寄りたちがまさかの独唱を披露するシーンが素敵です。
いつもは無反応なのに懐メロに触発されて、立ち上がって歌うんです。
月並みですがまさに命が輝いた瞬間だと思います。


全編を通して、認知症のお年寄りたちを見守る親族と職員たちの暖かさを感じます。
その暖かさはどこから来るのか…。
それはお年寄りたちのペースや感覚に合わせて寄り添うことから来ると思います。
そしてそれを可能にするのは周囲の人々の「余裕」です。
人手、経験、時間、気持ち…いろんな余裕がなければ人に寄り添うことはできません。
自分の生活に照らしてみて、これは子育ても同じだなと思いました。


97歳の初音さんが一番輝いていた20歳の自分に戻る…。
想像するだけで人の人生の長さを思い知らされます。
本当に人の人生って長くて重いですよね。
まだ半分は残っているであろう私の人生。
人生が終焉を迎える頃、思い出すことはなんだろう。
遠すぎてまだまだ現実味が湧いてこないけれど、40歳を超えた今は、
愛する人を目いっぱい大切にし、やりたいことに挑戦して、行きたい場所にも行く!
今の自分に言えることはそれぐらいでしょうか。


また少し年齢を重ねると違った景色が見えてくることでしょう。
想像するとドキドキしますが「年を取るのは悪いことばかりじゃない」、そんな
前向きなメッセージを発信してくれた村田さんに感謝です。